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東京地方裁判所 平成3年(わ)2519号 判決 1992年7月07日

主文

被告人Aを懲役四年に、被告人Bを懲役二年六か月に処する。

未決勾留日数中、被告人Aに対しては一五〇日を、被告人Bに対しては一〇〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人Bから、質権設定承諾請求書兼同承諾書一通(平成四年押第三五一号の1)中の偽造部分を没収する。

理由

(犯罪事実)

被告人Bは、株式会社富士銀行日比谷支店(以下「日比谷支店」という。)の渉外第一グループ課長として得意先に対する貸付、預金業務等を担当していた者、被告人Aは、日比谷支店の取引先で不動産の売買、仲介等を業とする甲野綜合企画株式会社(以下「甲野綜合企画」という。)の代表取締役であったが、

一  被告人両名は、共謀のうえ、平成元年一一月二〇日ころ、東京都渋谷区《番地省略》所在の乙山リース株式会社(以下「乙山リース」という。)において、同社融資営業部長Cに対し、被告人Bが、「甲野綜合企画に協力預金してもらうことになりました。一一月二四日から一か月間一〇億円をお願いしたいのです。従前と同じく協力預金を担保にし質権設定承諾するので間違いありませんから。」などと言い、被告人Aが、「富士にはいつもお世話になっているので協力するんです。融資の件よろしくお願いします。」などと言って、甲野綜合企画に対する一〇億円の融資を申し込んだ。その際、被告人らは、甲野綜合企画の名義で乙山リースから借り受ける一〇億円をいったんは日比谷支店に被告人A名義で富士市場金利連動型定期預金(いわゆる「スーパーMMC」)として預け入れるものの、真実は、その預金について日比谷支店が質権設定承諾手続をとることはなく、後にこれを解約して甲野綜合企画の借入金の返済などにあてる意図を抱いていたのに、これを告げず、いかにも乙山リースのための右定期預金に対する質権設定を日比谷支店において承諾し、したがって、右貸付金については確実な預金担保が供されその回収が確実であるかのように見せかけ、Cにそのように思い込ませた。その結果、同月二四日午前中、第一リース係員をして同都千代田区《番地省略》丙川信託銀行株式会社東京営業部の乙山リース名義の当座預金口座から日比谷支店の甲野綜合企画名義の当座預金口座に一〇億円を振込入金させて、右同額の預金債権を取得し、もって財産上不法の利益を得た。

二  被告人Bは、同日、右入金事実を確認したうえ、同区《番地省略》所在の日比谷支店において、行使の目的で、権限がないのに、質権の対象を、いずれも同支店に対する被告人A・預金額五億円の富士市場金利連動型定期預金二口(証書番号○○○○○○○○及び○○○○○○○○)、質権設定者を被告人A、質権者を乙山リースとする質権設定承諾請求書の左下の欄の「末尾記載の預金元本及びその利息に対する質権設定を異議なく承諾いたしました。」との文面の記載に、「株式会社富士銀行日比谷支店」とそれぞれ刻した記名印及び丸印を押捺して日比谷支店作成名義の質権設定承諾書一通(平成四年押第○○○号の1)を偽造したうえ、その場で、Cに対し、右定期預金に質権が設定されているように見せかけるため、これを真正に成立したものとして、被告人A名義の前記定期預金の通帳とともに交付して行使した。

(証拠)《省略》

(法令の適用)

罰条

被告人Bにつき

詐欺の点につき、刑法六〇条、二四六条二項、有印私文書偽造の点につき、刑法一五九条一項、同行使の点につき、刑法一六一条一項、一五九条一項

被告人Aにつき

刑法六〇条、二四六条二項

科刑上一罪の処理

被告人Bにつき

有印私文書偽造と同行使は、刑法五四条一項後段により一罪として処断すべき場合であり、詐欺と偽造有印私文書行使とはいわゆる包括一罪の関係にあるから、同法一〇条により結局詐欺・有印私文書偽造・同行使を一罪として最も重い詐欺罪の刑(ただし、刑の短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で処断する。

未決勾留日数の算入

被告人両名につき、刑法二一条

没収

被告人Bにつき、刑法一九条一項一号、二項本文(偽造有印私文書行使の犯行を組成した物)

(被告人Bにつき、詐欺と偽造有印私文書行使を包括一罪と認めた理由)

本件の偽造した質権設定承諾書の行使は、詐欺における被害者の処分行為の後に行われているから、詐欺罪の手段になっているとはいいがたく、牽連犯の関係にあるものということはできない。

しかし、本件においては、預金に対する質権の設定は融資の必須の条件となっていて、銀行がこれを承諾しないのであれば直ちに融資は取り消される関係にあるから、その承諾を内容とする偽造有印私文書の行使と詐欺とは、本来同時的・一体的に行われることが予定されているものといえること、現に、両者は時間的・場所的にも並行・近接して行われていることからすると、両者は、科刑上一罪としての包括一罪の関係にあると解するのが相当である(最高裁判所昭和六一年一一月一八日第一小法廷決定・刑集四〇巻七号五二三頁参照)。

(被告人Aにつき、一部無罪の理由)

一  被告人A(以下、単に「A」という。)及びその弁護人は、Aは、被告人B(以下、単に「B」という。)に本件質権設定承諾書の作成権限がなかったことを知らなかったとして、本件有印私文書偽造・同行使について故意がなく、無罪である旨主張し、他方、検察官は、Aの自白調書の信用性が高いこと及び公判廷での不利益供述を主たる根拠として、Aに右偽造・行使の故意があった旨主張するので、以下、検討する。

二  関係証拠によれば、富士銀行日比谷支店(以下「日比谷支店」という。)に対する預金債権について預金者が第三者のために質権を設定する場合に日比谷支店において作成される質権設定承諾書の作成権限は、同支店の内規により、営業課役席あるいはその上役である支店長に専属しており、当時渉外第一グループ課長であったBにその作成権限がなかったこと、また、当時、自分に権限がないことをBが認識していたことを認めることができる。したがって、Bにつき有印私文書偽造罪が成立することは明らかである。

三  そこで、AがBに右承諾書の作成権限がないことを認識していたかどうかについて検討する。

証人Bの公判供述を含む取調済みの証拠によっても、Aが、B自身から、あるいはその関係者などから、Bに質権設定承諾書の作成権限がないことを明確に聞いたことがあったものとは認められない。また、Bは、右承諾書をAの面前で作成したこともなく、Bの言動等の具体的行動から、Bに作成権限ないかもしれないことをAが察知するような状況があったことも特に認めがたい。

ところで、一般人は、銀行内部の規定等についてはよく知らないのが通常であり、特に質権設定承諾書のような文書の作成権限がだれに属するのかといった問題になると、極めてあいまいであって、どのような行員にまで作成権限が与えられているのかについて、特に意識しないのが通常と考えられる。また、Bが日比谷支店ではナンバー・ツーないしナンバー・スリーの地位にあるものとAが考えていたことに照らしても、協力預金を受け入れる権限がBにある以上、その際必要とされる質権設定承諾書の作成権限程度のものは、他に作成を必要とする書類と同様に、B自身にあるものと考えていたとしても格別不自然・不合理とはいえないように思われる。

四  ところが、本件有印私文書偽造・同行使について、犯意を認める旨のAの供述調書が録取されているので、その内容及び信用性を検討する。

この点に関する最初の自白であるAの一二月七日の検察官調書二通(乙16、17)の内容は次のとおりである。

「今回の借入れのときには定期を拘束せずに拘束したという書類を勝手に作って乙山リースに差し入れたのです。実際はBがこの書類を勝手に作り、差し入れたわけですが、私も乙山リースから金をだまし取るためBが正規の手続きをせずに拘束したという書類を勝手に作ることはわかっていました。」(乙16)、「乙山リースを信用させるため嘘の承諾書を作り、差し入れる必要があるのです。正規の手続きをとれば拘束をしていないのにしたような書類を作れるはずがありません。私が今回の融資を申し込む時点でBが後で不正な手続きで勝手に嘘の承諾書を作らざるを得ない事を十分承知していました。乙山リースから一〇億円をだまし取るため作らざるを得ない嘘の承諾書をBにおんぶにだっこして作って差し出してもらったわけです。」(乙17)となっている。その趣旨は、要するに、「預金を拘束していないのに、したような嘘の書類を正規の手続で作れるはずがない。Bが勝手に作るしかないことは承知していた。」というにとどまるものと解される。

また、その後に作成された供述調書をみると、先の二通の検察官調書では全く触れられていなかった本件文書作成の権限者ないしは決裁権者につき、触れられるようになり、同月一一日付警察官調書(乙8)で「正常な方法では富士銀行が認めるわけのないことですから」と述べ、同月一四日付検察官調書(乙6)では、「拘束もしないのに日比谷支店が質権設定承諾書を作るわけがありません。日比谷支店には無断で勝手に質権設定承諾書を作らなければならないのです。」「この定期を後で解約し取り崩さなければならないのですから、日比谷支店が正規の手続きで質権設定承諾書を作るわけがありません。Bが日比谷支店の上役や同僚の目を盗んで勝手に作ったものであることは分かっていました。日比谷支店の内情や書類作成手続きに詳しいBが、私達の役割分担に従い、一〇億円をだまし取ったことがC部長にばれないように、日比谷支店に無断で勝手に作った書類なのです。」と述べている。

そして、起訴直前の同月一八日付の検察官調書(乙7)においても、「拘束するという書類は、日比谷支店長か日比谷支店自体が作るもので、Bが自分勝手に作る権限などないだろうことは分かっていました。」というにとどまる。

以上の供述内容は、結局のところ、預金を取り崩すのに、取り崩さないことを承諾するなどという嘘の書面を銀行が作れるはずがない、したがって、そのような虚偽の内容の書面は銀行としては作れないから、銀行員があえてこれを作れば権限なく作ることになる、という論理によるもののように見える。確かに、委任を受けている者は真実の内容の書面の作成に限って作成権限を与えられているに過ぎないから、虚偽の内容の書面を作成すれば、虚偽文書の作成にとどまらず、直ちに作成権限のない偽造罪に当たるという見解もあるかもしれないが、文書の作成権限のない場合と、権限がありながら虚偽内容の文書を作成する場合とを区別して規定している法の趣旨に照らすと、権限の委任を受けた場合は、通常、権限者自身と同様の規制に服させることをもって足りると解されるから、右のような見解は取りえないものと解するのが相当である。そうだとすれば、右のような供述内容は、嘘の書面だから人目に触れぬようこっそりと作成せねばならないとの趣旨にとどまり、法律上Bに作成権限がないことを述べたものではないと解することも可能である。偽造の罪を認めるに至ったのも、取調の過程において、自分の認識していた事実が法律上「偽造」にあたると誤解していたためとみることができ、だからといって、法律的には、「偽造」の故意があったといえないことは明らかである。B自身に同承諾書の作成権限が一般的に与えられていたかどうか(内容真実の第三者質権設定承諾書であればBに作成できるのかどうか)について一切触れるところがない以上、これをもってBに作成権限がなかったことを未必的にも認識していた証拠とすることはできないものというべきである。

また、Bに作成権限がない旨の検察官調書の供述は、結局のところ、理詰めで考えた結果たどり着いた取調時のAの認識を述べたものに過ぎず、本件当時における認識を述べたものではない疑いが濃いとも考えられる。

五  Aの公判での不利益供述について

1  検察官は、公判において、協力預金の決定及びそれに伴う質権設定承諾書の作成権限は、最終的には支店長に属し、決裁も通常は支店長がすると思う、などとAが述べている点をとらえて、Aは、結局は偽造の認識を自認していると主張する。

2  しかし、融資金をそのまま銀行に預金し、これに質権を設定することを条件にノンバンク等から融資を受ける、いわゆる協力預金の性格をみると、貸倒れ等の危険を負うのは全てノンバンク等の融資元であって、質権設定を承諾する銀行側からすれば、預金量が増大し、金利も得られる反面、何らの危険も伴わないのが通常である。したがって、協力預金は、その性質上手続が厳格でなく、与信取引と異なり支店長の決済までは必要でないとAが考えたとしても何ら不自然でなく、むしろその方が合理的とも思える。

3  更に、他方で、Aは、Bに協力預金の決定及び質権設定承諾書の作成権限があると思っていた旨繰り返し述べており、その理由として、協力預金の要請に応じた際、いちいちBが銀行内の稟議にかけたり、支店長の決済を仰いだりした様子がなく、実行まで待たされたこともなかったこと、Bの言や日比谷支店に赴いた際に受けた印象からして、Bは支店のナンバーツーの地位にあると考えていたことを挙げている。この点は、前記のとおり、銀行外部の通常人の認識としては、特に不自然・不合理とは思われない。

4  してみると、検察官が指摘する供述があるからといって、Aが、協力預金に伴う質権設定承諾書の作成に際し、支店長の決裁を要すると認識していたと認めるのは、いささか困難といわざるを得ない。

そして、前後の尋問の流れからすれば、そこでAが述べているのは、法律的な権限の有無ではなく、組織内の監督関係一般の問題にすぎないと考える余地がある。すなわち、ある組織において、一構成員に当該取引の是非の判断及びそれに関する文書の作成権限があっても、具体的な取引内容によっては、個々の取引について上司の決裁を受ける場合があることはいうまでもなく、また、一定数の取引を事後的に総括して報告し、決裁を受ける場合もある。しかし、これは一般的な管理監督関係に基づくものであって、この決裁手続を怠ったからといって権限のない文書作成であるということはできないのである。

六  結論

以上からすれば、Aは質権設定承諾書が支店長あるいは支店名義の文書であることを知っていたこと、Aには証券会社での勤務経験が比較的長く、金融取引につき一定の知識を有していたことなど検察官が指摘するその他の点を考慮しても、本件当時のAは、質権設定承諾書の作成権限が誰にあるかということにはさして意識・関心がなく、ただ漠然と、Bにも協力預金の決定権限があり、質権設定承諾書の作成権限も有していると思っていたとしても決して不自然でなく、その可能性は十分にあるというべきである。したがって、Aが、Bに質権設定承諾書の作成権限がない旨認識していたと認めるには、いまだ合理的な疑いが残るといわざるを得ないから、Aの関係では、有印私文書偽造・同行使の点については犯罪の証明がなく、無罪の認定をする。

しかし、本件詐欺と有印私文書偽造・同行使の罪数関係につき、当裁判所はこれら全部を一罪の関係にあるものと解するから、被告人Aに対し、一罪の一部にとどまる有印私文書偽造・同行使の点については、主文において無罪の言渡しをしないこととする。

(量刑事情)

一  犯行に至る経緯等

1  Bは、昭和六三年五月ころ、Aと知り合い、日比谷支店から川崎市内の土地購入資金約四億五千万円を融資し、Aは右地上げにより一億円強の利益を得た。その後も、Bは、平成元年七月に横須賀市根岸町の地上げ資金の融資元を紹介するなど、Aに様々な便宜を図ってやった。

他方、Aも、右尽力に対する見返り及び更なる融資付けに対する期待の意味もあって、利ざや分の損失が生ずることを承知のうえで、平成元年二月二〇日に五億円、六月一四日には一〇億円のいわゆる協力預金をBの要請に応じて行い、更に、同年九月一四日には、当時富士銀行でキャンペーン中であった「ダイナミックローン」(融資に通貨オプションを組み合わせたもの)により約五億八八〇〇万円の融資を受けるなど、様々な形態で支店の収益・預金の増大に協力した。

このように、被告人両名は、AがBから資金を得る一方、BはAから預金等の協力を得て支店の業績を上げるという取引を続け、相互の依存関係を深めていった。

2  ところで、前記根岸町の土地は単独で売っても利益が上がらないが、丁原株式会社が横須賀市から早晩払い下げを受ける予定の池田町の隣地と合わせると、付加価値が増し一〇億円程度の利益が見込めるものであったところ、丁原との間で、長野市北郷のゴルフ場用地をAが入手すれば、池田町の隣地と交換してよいとの合意が得られた。そこで、Aは、是が非でも北郷の土地を入手しようと考え、平成元年九月一八日ころ、横須賀市の土地の払下げには市議会の同意が必要であり、その同意は早くとも平成二年三月にならないと得られないのに、そのことを秘したまま、二、三か月で利益が得られるかのように話して、右地上げ資金として五億円の融資をBに依頼し、ダイナミックローンの実質上の担保となっている五億円の定期を解約して使わせてほしいと頼んだ。Bは、いったんはこれを断ったものの、右Aの話については自ら丁原の担当者に会って既に裏付けを取っていたこと、日比谷支店は、支店始まって以来の業績表彰が受けられるかどうかの瀬戸際にあり、いかなる要請にも快く応じてくれるAの存在が右達成のためには不可欠であったことから、「これまで色々協力してやったじゃないか。これからも協力するよ。」とのAの懇願に応じ、不正を行うことを決意した。そして、Bは、その三日後の九月二一日、本件とほぼ同様の手口により、乙山リースから約五億円の融資を受け、Aに融通した。

3  前記池田町の物件の払下げが進まず、依然資金不足の状態にあったAは、同年一一月一五日ころ、東京都千代田区有楽町一丁目九番四号蚕糸会館一階の喫茶店において、同区六番町の土地購入の手付金一億三五〇〇万円の融資をBに更に依頼した。最初は強く拒否されたが、Aは「これは勝負の早い物件だし、八億円位の儲けになるから。」などと言ってBを説得し、結局、先の約六億円のダイナミックローンの返済分なども含め、協力預金と偽って一〇億円の融資を乙山リースから受ける旨の共謀がなされ、本件犯行に及んだ。

4  本件後も、被告人両名は、Aの資金需要に応じて、いわゆる借り替えをも含めて本件と同様の不正融資を繰り返していき、最終的には約二一億円が同種手口による債務として残る結果となった。

二  特に考慮した事情

1  本件詐欺の態様・結果等

本件詐欺は、いわゆるバブル経済期に、複数の大手都市銀行を舞台として敢行された巨額不正融資事件の一部をなすものであるが、有力な都市銀行において業績をあげ、相当高い地位にあった銀行員が、銀行に寄せられる高い信頼を悪用して自ら犯罪に手を染め、銀行に対する社会一般の信用を失墜させたものであって、その社会に与えた衝撃の大きさは測りしれない。

その態様も見ても、前記認定のとおり、いわゆる協力預金等の名目のもと、ノンバンクに預金担保貸付の方法による融資を申し込み、これに実際に質権を設定するかのように見せかけてノンバンクをだまし、多額の金を取得している。銀行外部に在ってその内部手続を知らず、かつ、富士銀行に絶大な信頼を寄せているノンバンク側からすれば、何ら疑いを抱きようのない巧妙な方法によって計画的に遂行されたものであって、悪質な犯行といわざるを得ない。

本件被害額は一〇億円にも上り、この金額は一般の給与所得者からみれば非常に莫大なものである。しかし、バブル経済期にあって億単位の取引を毎日のように行っていたB及び被害者である乙山リースからすれば、比較的容易に動かすことができる額であったことも無視できない事実であって、一般の詐欺事件と金額のみを単純に比較して刑を定められない面が存する。

2  被告人Bについて

(一) 本件犯行の手口はBが発案してAに提示したものであること、詐欺の本質的部分は、ノンバンクに対し、融資先名義の預金に対するノンバンクの質権設定を日比谷支店が承諾するものと誤信させる点にあるところ、質権設定を承諾する旨の欺罔は外部者には到底なし得ないものであり、詐欺行為においてBの果たした役割は極めて重要であること、被害額が大きいうえ弁償の見込みがないこと、予想と異なる事態になった時点で上司に打ち明けるなどすれば、被害が拡大することもなく、かつ、債権保全の措置を講ずることもでき、被害回復も相当程度可能であったのに、これを放置していたこと、本件の社会に対する影響は非常に大きいことなどの事情を併せ考慮すると、その責任はかなり重いといわざるを得ない。

(二) しかし他方、本件の発端は、日比谷支店内で実質上ナンバー・スリーの地位にあり、若手の優秀な行員として数々の業績を上げてきたBが、支店業績達成に腐心する余りAにも協力預金を依頼するなどしていたところ、これに快く応じてくれたAから執ような地上げ資金の融資要請を受け、銀行員として越えてはならない一線を踏み越えて不正行為に及んでしまったところにある。すなわち、本件は、いわば仕事熱心の余りの犯行という面があり、かつ、銀行の被害を何とかくい止めようとする意図にもよるものであり、個人的な経済的利益を得る意図は全く窺うことができないのであって、この点はBの情状を考えるうえでかなり考慮に値する点であるということができる。

そして、いったん不正に手を染めた後は、取得した金の早期返済を図りつつも、その発覚を防ぐために不正による借り替えを繰り返さざるを得なくなり、その中で結局は被害の拡大を招く結果となっているが、当時のAの言動やBの置かれていた状況に鑑みると、この点についてBを厳しく責めるのはやや酷な面もある。

だまし取った金の使途をみても、Bは、本件に関して一切個人的な利得を得ていないものと認めることができる。また、Bの日常の勤務状況をみても、不正を行ったのは、数ある取引先のうちAとの取引のみで、他の取引先をも含めリベートを受けたりしていた様子は全く窺われないのであって、裏金融等に手を染めていたような状況も一切存しない。

(三) 次に、富士銀行との関係を検討するに、当時の富士銀行においては、本件のごとき不正行為に対する監視体制をおざなりにし、他の都市銀行にも増して営利追求を第一の目標に掲げて行員を指導していたことが窺われるのであって、このような状況が、本件犯行の一つの大きな誘因になっているものと考えられる。したがって、こうした事情を離れてBのみに重い責任を問うことは必ずしも相当とはいいがたい。また、その富士銀行が、被告人らに代わって、乙山リースに本件被害額を弁済していることも、Bとの長期にわたる雇用関係に鑑み、有利に考慮できる事情である。

(四) その他、Bには交通違反を除き、前科・前歴がないこと、抜査初期の段階から事実関係を全て認め、本件を十分に反省・悔悟していることなどの有利に斟酌できる事情がある。

(五) そこで、これらのBにとって有利な事情、とりわけ、私的な経済的利得がないこと、支店の業績達成を目標として尽力している中で、このような事態に陥ったことを特に斟酌して、その刑期を主文の程度にとどめることとする。

3  被告人Aについて

(一) Aの動機は、自己の経営する会社の営業資金を入手することにあり、実際、本件も含め一連の不正融資により取得した金は、全てAの側の用途に使い果たされたものと認めることができる。

Aは、昭和六〇年に自己の経営する不動産会社を倒産させた経験があり、その一因が設立時からの資金不足にあったことを自覚していたにもかかわらず、目ぼしい資産もないまま、再び不動産会社である甲野綜合企画を設立した。Aは、元本はおろか金利についても確たる返済のあてのないまま、正規の借り入れのほか、Bを通じて不正借入れを繰り返しては、その資金を首都圏及びその近郊の地上げにつぎ込んだが、その扱う物件は、確実性に欠けるものばかりであり、実際に上がった収益はごくわずかで、金利の支払いさえままならない状況に陥った。その他、甲野綜合企画の経理事務のずさんさ、介在した業者への企画料・手数料等の支払額の異常さ、Dなる総会屋により使われたなどと述べる多額の使途不明金の存在などに照らしても、Aは、資金計画も立てずに、採算の見込みのない物件に金をつぎ込んでは一獲千金を狙うだけの放漫経営に終始していたといわざるを得ず、その動機及び取得した金の使用状況は芳しくないというほかない。

なお、Aは、いかにも短期間で、横須賀の土地の地上げができるものであるかのようにBに対して嘘を言い、安心させて不正を実行させている点でも、犯情はよくない。

(二) そのうえ、Aは、平成三年五月ころ、横須賀市及び長野の地上げを含む一連の取引において成功を収め、その利益(一〇億円前後あったと推測される。)により不正融資を相当穴埋めできる機会があったにもかかわらず、右取引が成就したことさえBに告げずに、自己の他の借金の返済等に充てている。もし、これを被害の回復にあてていれば、被害がここまで拡大することはなかったとも考えられ、この点からしても、Aの責任は、Bに比して重い。

(三) 他方、Aは、客観的な見込みがあったかどうかはともかく、主観的には、地上げ等による利益で、だましとった金を返済するつもりだったのであって、このような被害を残すことは、犯行時には意図していなかったこと、前科・前歴がないことなどAに有利な事情もあるが、これらを考慮しても、先に述べた動機・だまし取った金の使用状況・取り得た被害回復の措置を怠ったことなどの点からすれば、その刑事責任はBに比べてかなり重いといわざるを得ず、したがって、主文の刑に処するのを相当と判断する。

〔検察官落合義和、被告人Bの弁護人秋田良一、被告人Aの弁護人小島周一公判出席。求刑 被告人両名に対し、それぞれ懲役六年。〕

(裁判長裁判官 小出錞一 裁判官 加藤就一 安東章)

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